一流は面倒、三流はお手軽

どこの世界でも、

一流、三流は存在しています。(あ、二流もいます。)

 

料理人を例にとってみると、

一流料理人の作る料理(客へ出す料理の話です)は出汁から何から、やたらと手間のかかることを労力を惜しまずに作りますが

一方、三流料理人になると、手間ひまかかる面倒くさい下ごしらえや工程を省く傾向があります。

その手間自体を思いつかないのかもしれませんし、手間の大切さを軽んじているから、なのかもしれません。

 

絵画でも、似たようなことが言えます。

一流であればあるほど、構図やデッサン、彩色の工程や手法、技法、キャンバスや絵具についてまで造詣が深く、念を入れるところには時間をかけ、丁寧に仕上げますが

三流は、最短距離を行きたがり、それぞれの意味合いを知らない、もしくは深く知ろうとしないが故に、手間をかけるべきところを逃すことが往々にしてあります。

 

ともかく「手間を省く」ということは、こだわりを無くすのと同義です。

こだわりを無くすということは、職人としての強力な武器を失うことと同じなのです。

 

これが、

『一流は面倒、三流はお手軽』

と言われる所以(ゆえん)です。

 

突き詰めていけばいくほど、「面倒なことこそ、大事」になる、大事であることがわかるのです。

そして、さらに言えば、

一流は「面倒から、さらにもう一手間」をかけます。

念の入れようが違うのです。

 

一流を知ることは、本物を知ることです。

本物を知らなければ、偽物を区別することもできません。

本質を見抜くことが難しくなります。

 

一流と三流とでは「当たり前の基準」が違います。

「いつもの習慣」が違う人同士に差がつくように「当たり前」だと思うことに差があれば、仕上がりや作るものに差が出るのも当然です。

 

常に一流に囲まれた生活は難しいですが、機会があればできるだけ一流に触れてみましょう。

一流の仕事を知りましょう。一流の出来を知りましょう。

「私には身の丈が・・・」とか

「なんか気取ってて鼻につく」とか

学ぶことに際して、自分にとってどうだという感情など関係ありません。そんな余計な情報は、脇へ置いておきましょう。肝心なのは一流を学ぶことなのです。

[一流とはどういうものなのか]

[トップの基準はどこにあるのか]

といった部分に焦点を置いて、素直に観察し、触れてみることです。

 

目が肥え、舌が肥え・・・五感が研ぎ澄まされ鍛えられていくと、

微妙な、それでいて大きな一流とそれ以外との差がよりハッキリ見えてきます。

(一流と超一流との違いもまた、わかってきます)

 

自分が従事する分野、得意な分野であればあるほど、

その違いがわかっていなければ、本物を提供すること、本物を作り出すことはできないのです。

 

 

一流が常に三流より上回る結果が出せるかと言うと、そうとばかりは言えません。

しかし、一流として認められるまで駆け上ったブランド力は、大きな武器であることは確かです。

 

では、また。

明日を人生で最高の1日に。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました